2026年8月司法書士所感|相続の現場で感じる「ネットワークマンション5階建て」
相続の専門家ネットワークで大切なのは、知っている人の数ではなく「深さ」です。私はそれを、5階建てのマンションにたとえて整理しています。
「ネットワークには階層がある」。ずいぶん前に教えていただいた、この言葉から考えてきたことを書きます。 相続のご相談を受けていると、税理士、弁護士、不動産会社、保険、金融機関など、さまざまな専門家と関わる場面があります。相続は、司法書士だけで完結するものではありません。 不動産の名義変更、預金の解約、相続税、不動産の売却、2次相続、場合によっては相続人間の争いまで、いくつもの分野が重なります。そのため、相続の仕事では「専門家ネットワークが大切」とよく言われます。
ただ、私は、ネットワークで大切なのは、知っている人の数でも、業種の数でもないと思っています。
大切なのは、どのくらい深くつながり、一緒に動けるかです。
「ネットワークには階層がある」
ずいぶん前に教えていただいて、今でも心に残っている言葉があります。
「ネットワークには階層がある」
もし5階が最上階だとすると、1階の人は1階の人同士、3階の人は3階の人同士、5階の人は5階の人同士で、最終的にはつながっていく。
そして、こう言われました。
「田中さんも、早く5階まで上がってきなさい」
当時は「すごい人と知り合いになりなさい」という意味なのかな、と思った部分もありました。でも、相続実務を長く続けてきた今は、少し違う意味に感じています。
誰を知っているかではない。
どれだけ同じ目線で相談できるか。
どれだけ一緒に仕事ができるか。
そこで私なりに、この話を「ネットワークマンション5階建て」と整理するようになりました。
私が考える「ネットワークマンション5階建て」
下の図は、ネットワークの深さを5階建てのマンションにたとえ、土台とあわせて1枚にしたものです。
- 1階:知っている:税理士を知っている、弁護士を知っている、不動産会社を知っている。まずは顔と名前、専門分野を知っている状態です
- 2階:紹介し合える:必要なときに「この方なら」と、安心して相談者をご紹介できる関係です
- 3階:相談し合える:案件が固まってから紹介するだけではなく、早い段階から「このケース、どう考えますか」と相談できる。お互いの考え方や専門分野を分かっている状態です
- 4階:連携できる:相談者の事情や希望を共有し、「誰が何を担当するか」「どの順番で進めるか」を確認しながら、一つの相続を一緒に進めていける状態です
- 5階:タクトを振るう:相続全体を見渡し、必要な専門家をつなぎ、それぞれの専門性を生かしながら、相談者を中心に案件全体を前へ進める状態です
「タクトを振るう」とは、専門家を指揮することではない
ここでいう「タクトを振るう」という言葉は、少し注意が必要です。 税理士に税務の判断を指示したり、弁護士に法律判断を指示したりする、という意味ではありません。それぞれの専門分野は、それぞれの専門家が責任を持って判断します。
税務は税理士。
争いの代理や交渉は弁護士。
不動産は、その分野に詳しい不動産会社。
まさに「餅は餅屋」です。 そのうえで、「この相続では、何が問題なのか」「誰に入ってもらう必要があるのか」「どの順番で進めるとよいのか」を整理する人が必要になります。 いわば、オーケストラの指揮者のような役割です。演奏するのは、それぞれの専門家です。ただ、全員が別々の曲を演奏してしまったら、相談者にとってよい相続にはなりません。 相談者が何を望んでいるのかという「曲」を共有し、それぞれの専門家が力を発揮できるよう、全体をつないでいく。そのためには、手続きが動き出してからではなく、相続の全体像が見える早い段階、いわば川上に立っている必要があります。 川上に立ち、この先どんな問題が起こりそうかを見通したうえで、必要な専門家を選んでつなぐ。私が考える「タクトを振るう」とは、そういう役割です。 なお、いつも同じ人がタクトを振る必要はありません。相続税が中心なら税理士、不動産問題が中心なら不動産に詳しい人など、案件によって中心となる人が変わってよいと思っています。
5階建てマンションには「土台」が必要
ただ、ネットワークを5階まで積み上げるには、建物と同じように土台が必要です。 私が長く関わっているNPO法人相続アドバイザー協議会(私は専務理事を務めています)には、こんな考え方があります。
相続の研修と実務を通じて、
自分を磨き、
人の役に立ち、
社会に貢献する。
私は、このような共通した考え方を持っていることも、ネットワークでは大切だと思っています。名刺交換をしたからネットワークになるわけではありません。
相続にどう向き合うのか。
相談者をどう見るのか。
自分の専門外の問題が出てきたとき、どう連携するのか。
そうした基本的な考え方が近い人たちだからこそ、3階、4階、そして5階へと関係が深まっていくのだと思います。
相続に特化した人同士だと、何が変わるのか
私が日ごろご一緒している税理士、不動産会社の方、弁護士も、相続を仕事の大きな柱にしている方たちです。 業種をそろえることを目的に集めたわけではありません。相続の現場で何度も顔を合わせ、相談し、仕事を一緒にするうちに、自然とそうなりました。 相続に慣れている人同士だと、説明する言葉が少なくて済みます。
「遺産分割だけ見ればよいのではなく、2次相続もありますよね」
「この家を誰が取得するかだけでなく、その後売却する可能性がありますよね」
「税金だけでなく、このご家族がどう暮らしていくのかも考えましょう」
こうした前提を、最初から共有できる。この「一から説明しなくても伝わる」ということが、実務ではとても大きな差になります。
税理士と ― 打ち合わせに同席する理由
私の事務所に直接ご依頼いただいたお客様の場合、相続税や譲渡税の打ち合わせには、私もできるだけ同席するようにしています。税額計算や税務判断に踏み込むことはしません。 ただ、相続に特化した税理士であれば、目の前の申告だけでなく、2次相続、将来の売却、取得費、住まいの問題まで含めて話が進みます。 なぜ、そこまで同席にこだわるのか。その理由は、別の所感に詳しく書きました。
2026年夏 司法書士所感「相続に強い税理士を探すときに、少しだけ考えておきたいこと」
不動産会社と ― 「高く売る」だけの話ではない
相続した不動産を売却する場合も、ご依頼があれば打ち合わせに同席します。 相続不動産の売却は、単に高く売ればよいという話ではありません。相続人間の気持ち、税金、空き家の管理、売却時期、遺産の分け方などが絡みます。相続に慣れた担当者なら、その前提を理解したうえで売却を進めてくれます。
弁護士へのご紹介 ― まずは、その手前で
当事務所がまず考えるのは、弁護士にお願いする手前で、事実関係や資料を整理することで何とか話し合える状態にできないか、ということです。 こじれかけているように見えても、論点を整理するだけで落ち着くことは少なくありません。そこは、相続の「整理役」としての仕事だと思っています。 それでも、調整の域を超えてしまう場合はあります。争いの代理や交渉に司法書士が入ることはできませんので、その場合は弁護士におつなぎします。 そのときも、名前と電話番号をお伝えして終わりではありません。それまでの経緯や資料、何が問題になっているのかを整理してお渡しする。その後も、必要に応じて相続手続き全体のサポートを続けます。
〔補足〕「連携」と「ご紹介」の使い分けについて
当事務所では、税理士とは「連携」、弁護士へは「ご紹介」という言葉を使っています。これは、争いのある事案の代理や交渉が弁護士の役割と法律で定められているためで、関わり方の深さや優劣の話ではありません。どちらも、信頼できる相手とのつながりの上に成り立っています。 では、弁護士におつなぎするとき、何を大切にしているのか。その話は、9月の所感に書きました。
2026年9月司法書士所感|相続は氷山の一角。見えている財産の、その下にあるもの
5階にいる人が「偉い」という話ではありません
ここまで5階建てと書いてきましたが、誤解のないように付け加えておきます。 この1階から5階は、専門家の能力や資格の上下を示すものではありません。ネットワークの「連携の深さ」を表すたとえです。1階が悪くて5階が偉い、という話ではありません。 最初は誰でも「知っている」から始まります。一緒に学び、相談し、案件を進める経験を重ねる中で、少しずつ階が上がっていく。 そして、相続の内容によっては、自分がタクトを振ることもあれば、別の専門家にタクトを預けることもあります。それでよいのだと思います。
最後に ― 今、私は何階にいるのか
今の私は何階にいるのか。それは、自分ではなかなか分かりません。
ご相談に来ていただいた方がどう感じるか。
一緒に仕事をする専門家がどう感じるか。
その積み重ねでしか分からないのだと思います。 ちなみに、実際の事務所はマンションの4階です(笑)。
私が目指したいのは、「知っている人がたくさんいる司法書士」ではなく、相続に向き合う専門家と深く連携し、必要なときには全体を見ながらタクトを振れる司法書士です。
そして、一人だけが5階へ行くのではなく、同じ考え方を持つ人たちと一緒に、5階までつながるネットワークをつくっていきたい。 そうしたつながりがあってはじめて、「この先どうなるのだろう」という不安を一つずつ減らし、ご相談に来られた方の心を軽くすることができるのだと思っています。 10月の所感では、相談の窓口を一つにまとめたうえで、法・税・暮らし・想いのいくつもの尺度で確かめ、最後は全体の釣り合いを見る、ということを書きました。
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